東京高等裁判所 平成2年(行ケ)179号 判決 1991年5月28日
東京都新宿区西新宿二丁目六番一号
原告
株式会社 大氣社
右代表者代表取締役
阿部貞市
大阪府大阪市北区堂島浜二丁目二番八号
原告
東洋紡績 株式会社
右代表者代表取締役
瀧澤三郎
右両名訴訟代理人弁理士
北村修
同
鈴木崇生
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
植松敏
右指定代理人通商産業技官
吉村宗治
同
福沢俊明
同
江藤保子
同
加藤公清
同通商産業事務官
高野清
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 原告ら
「特許庁が平成一年審判第二七五九号事件について平成二年五月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 原告らの請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和五五年五月一三日、名称を「有害成分の吸脱着装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五五年特許願第六三四九八号)をし、昭和六二年五月一日特許出願公告(昭和六二年特許出願公告第一九八八五号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和六三年九月一九日拒絶査定がなされたので、平成元年二月二三日査定不服の審判を請求し、平成一年審判第二七五九号事件として審理された結果、平成二年五月一〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年七月二六日原告らに送達された。
二 本願発明の特許請求の範囲第1項に記載されている発明の要旨(別紙図面A参照)
ケーシング2内の空間を、被処埋流体通過域6と、脱着加熱流体通過域9とに区画し、
この空間に位置せしめた円筒状吸着体1を、その軸線周りに回転して、両通過域6、9を交互に通過すべく構成した、有害成分の吸脱着装置であつて、
前記被処理流体通過域6の出口8を、前記吸着体1の回転方向上手側端部の小幅部分8'と、その他部分8"とに、小幅部分8'の面積がその他の部分8"との面積の1/10以下となる割合で区画し、
前記出口8の小幅部分8'に対応する被処理流体通過域6部分と、出口8のその他の部分8"に対応する被処理流体通過域6部分とを、有害成分を含んだ被処理流体の供給路12に対して並列に接続するとともに、
前記小幅部分8'の通過被処理流体A'を、前記被処理流体通過域6への被処理流体供給路12に供給する、混合用径路16を設けてあることを特徴とする、有害成分の吸脱着装置
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、本願発明の特許請求の範囲第1項に記載されている、前項記載の事項のとおりである。
2 これに対し、昭和五三年特許出願公開第五〇〇六九号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には、
「回転軸廻りに、この軸方向に沿つて気体の流通を可能とすべく繊維状活性炭を用いて形成した回転吸着素子を該軸と一緒に回転せられるように設け、且つその回転吸着素子の回転領域に、排気導入出路の接続により有害ガスを含む排気の導通が可能な吸着部と、再生空気導入出路の接続により熱風又は蒸気等の再生空気の導通が可能な再生部とを、この両者が互に周方向に適当比率で区画されることく構成すると共に、その吸着部の初期区域に前記排気の一部を独立して導通し得る熱回収部分を構成し、その熱回収部分を通した高温排気を再生部に再生空気の一部として送れるようにしたことを特徴とする回転式活性炭吸着排気処理装置」
が記載されている。
さらに、引用例1には、左記のような記載が存する。
a 「吸着部Aは吸着素子1の両端にその各々の三分の二の範囲に亘れるべく断面大扇形の中空筒状(具体的に図示せず)に形成したガス導入・出路6a、6bを対向状態で接続することにより構成されて、この吸着部Aに位置する吸着素子1の部分にその一端方から導入路6aを介して導入される溶剤及び悪臭ガス等の有害ガスを含む排気が他端方へ向け導通されるようになつている。」(第二頁左上欄第七行ないし第一六行)
b 「再生部Bは吸着素子1の両端に上述した残りの三分の一の範囲に亘れるべく断面小扇形の中空筒状(具体的に図示せず)に形成した再生空気導入・出路7a、7bを対向状態で接続することにより構成されて、その再生部Bに位置する吸着素子1の部分に導入路7aから途中の加熱器8で加熱された熱風又は蒸気等の再生空気等が他端方から一端方へ向けて導通されるようになつている。」(第二頁左上欄第一六行ないし右上欄第四行)
c 「前記吸着部Aの初期区域に、熱回収部分aを構成している。即ち、この熱回収部分aは上記排気導入・出路6a、6b内に前記再生部Aの初期区域と対応する断面小扇形の中空筒状の排気導入・出区画路6a'、6b'を設けることで構成されて、その熱回収部分aに他の再生部Aとは別個に排気部が独立して導通されるようになつている。」(第二頁右上欄第一七行ないし左下欄第五行)
d 「この熱回収部分aに導通される排気は殆ど未処理のまま高温化して出て来ることから、その高温未処理排気をそのまま外部へ排出することなく導出区画路6b'により再生空気導入路7aに再生空気の一部として利用すべく送られるようになつている。」(第二頁左下欄第五行ないし第一〇行)
e 再生された活性炭は高温状態にあり、そのまま吸着部Aの初期区域に構成された熱回収部分aに移動し、そこで排気導入区画路6aから導入される排気により冷却され、これにて低温となつて吸着機能を十分発揮できる状態になつた後、前記吸着部Aに移動して上述の如く排気中の有毒ガスを取り残すことなく高効率でもつて連続的に吸着処理するようになる。(中略)また前記熱回収部分aを通つて吸着素子1の冷却を行つて来た高温来処理排気は再生空気導入路7aに再生空気の一部として使用されるように送られ」(第二頁右下欄第五行ないし第一七行)
3 また、昭和五二年特許出願公開篇一三四八七五号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)には、「本体上部は多段流動層吸着装置で、本体下部が流動層又は移動層脱着装置で構成され、活性炭は流動層の最上段に供給され、吸着装置の下部より送入される被処理ガスによつて流動されつゝ順次下段に流下し.次いで脱着装置にて再生されて流動層の最上段に循環されるごとくなしたる連続活性炭吸着装置において、流動層最上段の活性炭供給部を独立した流動室とし、流動室を通過する気体を吸着装置に送入される被処理ガスに返還せしめるごとくなしたことを特徴とする連続活性炭吸着装置」が記載されている。
さらに、引用例2には、左記のような記載が存する。
f 「流動床の最上段で活性炭の供給される部分においては、活性炭の温度が高いため、活性炭に吸着されている有機物質の一部が脱着されて、吸着装置から排出される浄化ガス中の有機物質濃度が高くなり、吸着効率が低下することになる。本発明はこの様な欠点を改善する活性炭吸着装置を提供するものであつて.吸着効率の高い連続活性炭吸着装置を提供するものである。」(第二頁左上欄第一六行ないし右上欄第四行)
g 「活性炭の温度が高く、有機物質の脱着が起る部分を独立した流動室とし、この室な通過する有機物質の濃度の高い浄化ガスは、これを排出することなく被処理ガスに循環し、同時に活性炭を冷却して次室に移動せしめ、冷却された活性炭により有機物質の吸着を行はしめることにより有機物質の吸着効率を向上することができるのである。』(第二頁右上欄第一七行ないし左下欄第四行)
h 「多孔板(2)の上部の空間は隔壁(10)にょつて2室に分けられ、(中略)活性炭供給口(4)のある室は独立した流動室であつて、天井部に気体循環口(8)が設けられ、隣室には浄化ガス排出口(14)が設けられている。」(第二頁左下欄第一一行ないし第一六行)
i 「流動室(5)に上昇する被処理ガスは高温の活性炭を冷却した後、気体循環口(8)から被処理ガス送入経路に循環される。」(第二頁右下欄第一三行ないし第一六行)
4 本願発明と引用例1記載の発明を対比すると、本願発明の
「被処理流体、有害成分、被処理流体通過域6、脱着加熱流体通過域9、円筒状吸着体1、吸着体の回転方向上手側端部の小幅部分8'、その他の部分8"」が、引用例1記載の発明の
「排気、有害ガス、吸着部A、再生部B、繊維状活性炭を用いて形成した回転吸着素子、再生部分Aの初期区域と対応する断面小扇形の中空筒状の排気導出区画路6b'、断面大扇形の中空筒状に形成したガス導出路6b」
に、それぞれ対応することは、前記aないしdの記載から明らかである。
したがつて、本願発明と引用例1記載の発明は、
「空間を被処理流体通過域と脱着加熱流体通過域に区画し、この空間に位置させた円筒状吸着体を、その軸線周りに回転して、両通過域を交互に通過するように構成した有害成分の吸脱着装置であつて、前記被処理流体通過域の出口を、前記吸着体の回転方向上手側端部の小幅部分(以下、「小幅の出口部分」という。)と、その他の部分(以下、「その他の出口部分」という。)に区画した、有害成分の吸脱着装置」
である点において一致する。
しかしながら、両発明は、左記の四点において相違する。
<1> 本願発明がケーシング2を有するのに対し、引用例1にはこれが明記されていない点
<2> 本願発明が、「被処理流体通過域の出口を、小幅の出口部分の面積が、その他の出口部分の面積の1/10以下となる割合で区画」するものと限定しているのに対し、引用例1記載の発明は、吸着部と再生部か「適当比率で区画される」とするのみで、区画割合について具体的な数値限定がなされていない点
<3> 本願発明が、「小幅の出口部分8に対応する被処理流体通過域部分と、その他の出口部分8に対応する被処理流体通過域部分を、被処理流体の供給路12に対して並列に接続する」のに対し、引用例1記載の供給路は、回転吸着素子(円筒状吸着体)の上手側において分岐し、回転吸着素子(円筒状吸着体)の前後において、排気導入小区画路6a・排気導出小区画路6b'(小幅の出口部分)と、排気導入路6a・排気導出路6b(その他の出口部分)が、直列に接続されている点
<4> 本願発明が、「小幅の出口部分8'の通過被処理流体Aを、被処理流体通過域6への被処理流体供給路12に供給する、混合用経路16を設ける」のに対し、引用例1記載の発明は、熱回収部分aから出てくる高温未処理排気は「導出区画路6b'により再生空気導入路7aに再生空気の一部として利用すべく送られる」点
5 各相違点について検討する。
<1> 流体を処理する領域をケーシング内に収納する技術は、本件出願前に極めて一般的に行われていた事項である。したがつて、引用例1記載の発明を、流体通過域6、9がその内部に設けられるケーシングを有するものとすることは、当業者ならば何ら創作力を要した事項ではなく、相違点<1>に係る本願発明の構成は格別の技術的事項ではない。
<2> 引用例1記載の発明においても、熱回収部分aに対応する断面小扇形の中空筒状の排気導出区画路6b'(小幅の出口部分)の断面積が、吸着部Aに対応する断面大扇形の中空筒状に形成したガス導出路6b(その他の出口部分)の断面積に比較して十分に小さいものであることは、別紙図面Bの第1図から明らかである。そして、同図に示されている熱回収部分aの断面積と吸着部Aの断面積の割合が、本願発明が限定している「小幅部分8の面積がその他の部分8"との面積の1/10以下となる割合」と比較して、格別顕著な差異があるとは認められない。
したがつて、相違点<2>に係る本願発明の構成も、格別の創意を要した事項ではない。
<3> 本願明細書には、「ケーシング2の前記中心軸3の軸線方向で対向する端部壁5、5'には隔壁21、21、22、22、22"によつて被処理流体通過域6の入り口7と出口8を相対向して形成し、脱着加熱流体通過域(「脱着用処理流体通過域」とあるのは、誤記と認められる。)9の入り口10と出口11とを相対向して形成し、ケーシング2内を両通過域6、9に実施的に区画してある」と記載されている(第六頁第七行ないし第一三行)。一方、引用例1記載の発明が、熱回収部分aへ排気を供給するための断面小扇形の排気導入区画路6a'(小幅の出口部分)と、吸着部Aへ排気を供給するための断面大扇形の排気導入路6a(その他の出口部分)を、それぞれ独立して設けていることは、前記aないしcの記載、及び、別紙図面Bの第1図から明らかである。
これらの記載を対比すると、相違点<3>は、要するに、本願発明が、円筒状吸着体の上手側に、被処理流体を小幅の出口部分とその他の出口部分の各々に対応して別々に供給するための隔壁を設けていない(円筒状吸着体の上手側に設けられる側壁21、21'は、被処理流体通過域6と脱着加熱流体通過域9を区画するのみである。)のに対し、引用例1記載の発明は、円筒状吸着体1の上手側に、被処理流体を小幅の出口部分とその他の出口部分の各々に対応して別々に供給するための隔壁が設けられることを意味すると解される。
このような観点に立つて相違点<3>を検討すると、本願発明の円筒状吸着体、及び、引用例1記載の回転吸着素子は、いずれも、活性炭繊維とアスベスト繊維等を混合して抄紙したものをハニカム状にして円筒状に形成したものであるから、被処理流体をこのような円筒状吸着体に導入するならば、円筒状吸着体の上手側に設けられる隔壁の有無にかかわらず、被処理流体はハニカム内をその軸線方向に通過することが明らかである。したがつて、円筒状吸着体の上手側に隔壁を設けないことによつて格別の作用効果が奏されるとは認められないから、相違点<3>に係る本願発明の構成も、当業者ならば容易に想到し得た設計事項といわざるを得ない。
<4> 引用例1のeの記載から明らかなように、引用例1には、高温状態の熱回収部分aに導入される排気(本願発明の「小幅の出口部分の通過被処理流体A」に相当する。)は、「未処理排気」であることが明記されている。
そして、化学的処理のプロセスにおいて、未処理物が生じた場合、その未処理物を、同じ系の前段階に戻し再度処理することによつて、処理効率を向上させることは、常套手段である。
のみならず、引用例2に、有害成分を含有する被処理流体を活性炭を使用して処理する際に、「温度が高い活性炭区域を通過する、有害成分が高濃度の流体を、被処理流体の供給路に戻す」技術が記載されていることは、前記のとおりである。
そうすると、引用例1記載の「高温である熱回収部分aを通過した流体を、その導出区画路6b(小幅の出口部分)によつて、再生空気導入路7aに送る構成」に代えて、「上記流体を被処理流体配給路12に戻すために、混合用経路16を設ける構成」を採用することは、当業者ならば容易になし得た事項である。
6 したかつて、相違点<1>ないし<4>に係る本願発明の構成は、いずれも、引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項、並びに、当該技術分野における周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し得た事項にすぎない。
そして、相違点<1>ないし<4>に係る構成によつて、本願発明が引用例1あるいは引用例2記載の発明と対比して格別に顕著な作用効果を奏するとも認められない。
7 以上のとおり、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明が審決認定の一致点と相違点を有すること、及び、相違点<1>ないし<3>に関する審決の判断が正当であることは、認める。
しかしながら、審決は、相違点<4>について引用例2記載の技術内容を誤認し、かつ、本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 審決は、相違点<4>の判断の前提として、「引用例2には、温度が高い活性炭区域を通過する、有害成分が高濃度の流体を、被処理流体の供給路に戻す技術が記載されている」と認定している。
しかしながら、引用例2記載の発明においては、被処理ガスは多孔板2"、2'上の活性炭層を通過することにより大部分の有害成分が吸着処理されて有害成分濃度の低い浄化ガスとなり、この浄化ガスが流動室5に向かつて上昇し高温の活性炭を冷却したのち気体環口8から再度被処理ガス送入経路に混入し、フアン9により被処理ガス送入口7を通して装置本体1の内部に送入循環されている。
これに対し、本願発明においては、有害成分を多く含む未処理ガスが吸着体の冷却に使用され、そのまま処理流体の供給路に再度戻されるのである。
このように、被処理流体の供給路に戻されているのは、引用例2記載の発明では数層の吸着層を通過することによつて大部分の有害成分が吸着処理された、有害成分濃度の低い流体であるのに対し、本願発明では有害成分を多く含むガスである。また、引用例1記載の発明は、高温活性炭から回収した熱を再生空気に移入することによつてエネルギーコストの低減を図るものであつて、それ自体極めて合理的な発明である。したがつて、引用例2記載の発明に基づいて、引用例1記載の発明の「高温である熱回収部分aを通過した流体を、その導出区画路6b'(小幅の出口部分)によつて、再生空気導入路7aに送る構成」に代えて、「前記流体を被処理流体供給路12に戻すために、混合用経路16を設ける構成」を採用することは、当業者でも容易になし得た事項ではない。
この点について、被告は別紙図面Cの第3図を援用するが、同図の完全に独立した流動室5に供給されるガスは、「空気流」(引用例2の第三頁左上欄第三行)と記載されているように、有害成分を含まない清浄な気体であるから、気体循環口8から送出されるガスが有害成分濃度の高い流体である筈はない。
2 本願発明は、相違点<4>に係る構成を採用したことによつて、
ア 被処理流体供給路に戻される有害成分濃度の高い流体が高温であるため、被処理流体全体の湿度が低減され、吸着体の水分吸着による失活を防止するとともに吸着物の脱着を容易にする、
イ 有害成分濃度の高い流体を、引用例1記載の発明のように再生空気(脱着加熱流体)として利用しないから、有害成分濃度の高い流体が含有する水分溶剤等によつて、加熱器の熱効率を低下する虞がない
との特有の作用効果を奏する。
したがづて、相違点<4>について、「本願発明が引用例1あるいは引用例2記載の発明と対比して格別に顕著な作用効果を奏するとは認められない」とした審決の説示は、誤りである。
第三 請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告らが主張するような誤りはない。
1 引用例2の第二頁左上欄第一六行ないし末行、第二頁右上欄第一七行ないし左下欄第四行の記載、あるいは別紙図面Cの第3図によれば、引用例2記載の独立した流動室を通過して被処理流体供給路に戻されるガスが、有害成分濃度の高い流体であることは明らかである。したがつて、「審決は引用例2記載の技術内容を誤認している」とする原告らの主張は、失当である。
2 原告らは、前記ア及びイが本願発明に特有の作用効果であると主張する。
しかしながら、上記のとおり、引用例2記載の発明においても、独立した流動室を通過し、したがつて高温のガスが被処理流体供給路に戻されるのであるから、アが引用例2記載の発明でも奏されている作用効果であることは明らかである。また、引用例1記載の発明において再生空気として利用されるガスは、熱回収部分を通る間に十分加熱されて高温になつており、したがつて水分溶剤等が気体状態になつていると解されるから、加熱器の熱効率が損われる虞はない。したがつて、イも本願発明のみに特有の作用効果ではない。
第四 証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告ら主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(本願発明の特許願書添付の明細書)、第三号証(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書)、第五号証(平成元年三月二七日付け手続補正書)及び第六号証(平成元年一一月一〇日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
1 目的
本願発明は、ケーシング内の空間を被処理流体通過域と脱着加熱流体通過域に区画し、軸線周りに回転する円筒状吸着体が両通過域を交互に通過するように構成した、有害成分の吸脱着装置に関する(明細書第三頁第一〇行ないし第一五行)。
このタイプの吸脱着装置は、一つの吸着体に対して、区画された二つの通過域において吸着作用と脱着作用を交互に繰り返すので、脱着加熱流体通過域の終端では吸着体が脱着に適する高温にまで加熱される結果、被処理流体通過域の始端では、前記の高温が災いして、吸着作用が十分に行われないのみならず、吸着体に残留している被脱着物が被処理流体に混入してしまう結果、処理後の被処理流体に含有される有害成分の濃度の低減には限界があつた(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書第二頁第七行ないし第三頁第三行)。
これを解決するために、引用例1記載の発明は、被処理流体通過域の始端を通過した被処理流体を、脱着加熱流体の導入路へ導く構成を採用し、この構成によつて、処理後の被処理流体の有害成分濃度を更に低下させると共に、被処理流体通過域の始端を通過した被処理流体を介して回収した(脱着加熱流体通過域を通過した直後の)吸着体の熱を、脱着加熱用のエネルギーとして再利用するとの作用効果を奏している(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書第三頁第四行ないし第一六行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、引用例1記載の発明とは異なる構成によつて、従来技術の前記問題点を解決することである(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書第三頁第一七行ないし第四頁第五行)。
2 構成
前記課題を解決するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(平成元年一一月一〇日付け手続補正書第三枚目第二行ないし末行)。
別紙図面Aの第1図及び第2図はその一実施例を示すものであつて、2がケーシング、1が吸着体、6が被処理流体通過域、9が脱着加熱流体通過域、8が出口(8'が小幅の出口部分、8"がその他の出口部分)、Aが小幅の出口部分8を通過した被処理流体、16が混合用経路である(明細書第一三頁第三行ないし末行)。
本願発明が最も特徴とする構成は、被処理流体通過域6(「9」とあるのは、誤記と認められる。)の出口8の、吸脱体1の回転方向上手側の端部に、その他の出口部分8"と区画した、小幅の出口部分8'(出口8の全面積の1/10に相当する幅を有する。)を設け、この小幅の出口部分8を(混合用経路16によつて)給気筒13の途中に連通することによつて、小幅出口部分8'を通過した被処理流体A'を、処理前の被処理流体Aに混合する点である(明細書第六頁第一七行ないし第七頁第四行)。
なお、第3図は、小幅の出口部分8'、その他の出口部分8"、脱着加熱流体通過域9の出口11における、被処理流体の有害成分濃度を示すものであつて、小幅の出口部分8'における有害成分濃度は、その他の出口部分8"における有害成分濃度より著しく高いが、小幅の出口部分8'を通過した被処理流体A'を処理前の被処理流体Aに混合することによつて、処理後の被処理流体の有害成分濃度は、その他の出口部分8"における有害成分濃度と同様に、低くなるのである(明細書第八頁第三行ないし第一四行)。
3 作用効果
本願発明によれば、被処理流体通過域のうち、吸着体の回転方向上手側の端部を通過する被処理流体が(そのまま外部へ排出されず)被処理流体の供給路に環元されるので、処理後の被処理流体に含有される有害成分の濃度を、より低減することができる(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書第四頁末行ないし第五頁第五行)。
そして、小幅の出口部分を極めて小さい面積にし、その他の出口部分の面積を大きくしているので、被処理流体通過域を通過した被処理流体の大部分を外部へ排出して処理効率を向上しつつ、脱着加熱流体通過域を通過直後の吸着体がもたらす不都合を良好に解決する(平成元年三月二七日付け手続補正書第三頁第一〇行ないし第四頁初行)。
しかも、小幅の出口部分に対応する被処理流体通過域部分と、その他の出口部分に対応する被処理流体通過域部分を、被処理流体の供給路に対して並列に接続する構成を採用したので(小幅の出口部分に対応する被処理流体通過域部分の冷却は、有害成分を含有する被処理流体によつて行われ、同部分に残留していた有害成分は、小幅の出口部分から排出されることになる。)、「被処理流体の入口をも区画し、小幅の入口部分には、処理後の浄化された被処理流体を供給する構成」と比較すると、処理効率がより向上する。すなわち、
a 被処理流体通過域の始端部分の冷却と、同部分に残留していた有害成分の排出を、未処理の被処理流体によつて行うこと
b 小幅の出口部分を通過した被処理流体を、被処理流 体通過域への被処理流体供給路に供給すること
の相乗効果によつて、装置の小型化を図りながら、処理効果がより向上するのである(平成元年三月二七日付け手続補正書第四頁第二行ないし第五頁第七行)。
付言するに、小幅の出口部分から排出される被処理流体は、処理前の被処理流体よりも高温であるから、これを被処理流体供給路に混入すれば、供給前の被処理流体の温度が上昇し、したがつて、被処理流体の相対湿度が低下する。被処理流体の相対湿度の低下は、有害成分の吸着効率の向上と、水分の吸着量の減少をもたらす。この水分の吸着量の減少は、脱着用熱エネルギーの低減に極めて有効であつて、引用例1記載の発明のように「処理後の被処理流体を、脱着加熱流体に混入して、脱着用熱エネルギーとして利用する構成」よりも、エネルギー効率が更に高まるのである(昭和六一年一一月二九日付け手続補正書第五頁第六行ないし第六頁第四行)。
二 一方、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の四点において相違し、その余の点において一致することは、当事者間に争いがなく、相違点のないし<3>に関する審決の判断が正当であることは、原告らも認めるところである。
三 原告らは、相違点<4>について判断するに当たり、引用例2には有害成分濃度の高い流体を被処理流体の供給路に戻すことが記載されているとした審決の認定は誤りである、と主張する。
そこで、引用例2記載の技術内容を検討するに、成立に争いない甲第八号証(特許出願公開公報。別紙図面C参照)によれば、引用例2記載の発明は、名称を「連続活性炭吸着装置」とするものであつて(第一頁左下欄第二行及び第三行)、粒状活性炭を流動層にして連続的に移動しつつ有機物質を除去する吸着装置と、有機物質を吸着した活性炭を連続的に移動しつつ再生する再生装置を組み合わせることによつて、有機物質を連続的に処理すると共に、活性炭も循環して使用する装置において(第二頁左上欄初行ないし第八行)、有機物質を吸着した活性炭の再生は、活性炭に、加熱された水蒸気(あるいは、不活性ガス)を接触することによつて行うので、再生装置から循環して流動層に供給される活性炭が高温状態にある結果(第二頁左上欄第一〇行ないし第一四行)、流動層の最上段の、活性炭が供給される部分においては、活性炭に吸着されている有機物質の一部が逆に脱着され、吸着装置から排出される浄化ガスの有機物質濃度が高くなつてしまうことを、従来技術の問題点として把握し(第二頁左上欄第一六行ないし末行)、吸着効率を向上するために、審決が認定しているとおりの構成を採用したものと認められる(第一頁左下欄第五行ないし第一五行)。
すなわち、前掲甲第八号証によれば、引用例2記載の発明が最も特徴とする点は、活性炭の温度が高く、したがつて有機物質の脱着が生じてしまう部分を独立した流動室とし、流動室を通過した有機物質の濃度の高いガスを、排出せずに被処理ガスに循環する一方、流動室において上記ガスによつて冷却された活性炭を次室に移動し、冷却された活性炭によつて再び有機物質の吸着を行う点に存すると認められる(第二頁右上欄第一七行ないし左下欄第二行)。
これを一実施例である別紙図面Cの第1図によつてみると(前掲甲第八号証の第二頁左下欄第六行)、脱着装置から循環される高温の活性炭は、管路16を経て活性炭供給口4から流動室5に供給され、上昇する被処理ガスによつて冷却されて、次室に移動する一方(第二頁右下欄第四行ないし第七行)、流動室5へ上昇する被処理ガスは、高温の活性炭を冷却した後、気体循環口8から、被処理ガス送入経路に循環されるのである(第二頁右下欄第一三行ないし第一六行)。
ところで、引用例2の第二頁左上欄第一六行ないし末行には「流動床の最上段で活性炭の供給される部分(中略)から排出される浄化ガス中の有機物質濃度が高くなり」と記載され、また、同頁右上欄第一九行には「この室」すなわち流動室「を通過する有機物質の濃度の高い浄化ガス」と記載されているが、「有機物質濃度が高い」ことと「浄化ガス」の概念は相容れないから、前記の各「浄化ガス」の用語は、単に「ガス」の意味において使用されているものと考えざるを得ない。したがつて、引用例2記載の発明において独立した流動室5を通過して気体循環口8から送出されるガスは、有害成分濃度の高い流体と認めることができる。
この点について、原告らは、引用例2記載の発明において被処理流体供給路に戻されているのは有害成分濃度の低い流体である、と主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、引用例2の第1図に示された構成において、被処理流体供給路に戻されるガスは有害成分濃度の高い流体といえるのみならず、前掲甲第八号証によれば、引用例2には第3図(別紙図面C)も示され、「流動室が完全に独立した実施態様」(第三頁左上欄初行及び第二行)と説明されており、同図の完全に独立した流動室5へ送入されるガスも、その送入口が7、すなわち「被処理ガス送入口」(第三頁左上欄第一九行及び末行)と記載されていることが認められる。そして、第3図には、独立した流動室5を通過して気体循環口8から送出されるガスは、一段の活性炭流動層しか経ない構成が示されているから、その有害成分濃度が第1図の場合よりもさらに高いことは明らかである。
以上のとおりであるから、「引用例2には、温度が高い活性炭区域を通過する、有害成分が高濃度の流体を、被処理流体の供給路に戻す技術が記載されている」とした審決の認定に、誤りはない。
そして、化学的処理プロセスにおいて未処理物が生じたとき、これを同じ系の前段階に戻し再度処理して処理効率を高めることが常套手段であることは審決が説示するとおりであつて、引用例1記載の技術的事項と引用例2記載の技術的事項を組み合せることに当業者にとつて何らかの困難が存したとは考えられないから、引用例1記載の発明において、熱回収部分aを通過した流体をその導出区画路6b'により再生空気導入路7aに送ることに代えて、当該流体を被処理流体供給路12に戻すために混合用経路16を設けることは当業者が容易になし得た事項である、とした審決の判断に誤りはない。
四 原告らは、相違点<4>に係る構成により本願発明が奏する作用効果として、「被処理流体供給路に戻される流体が高温であるため、被処理流体全体の湿度が低減する」と主張する。
しかしながら、前記のとおり、引用例2記載の気体循環口8から被処理ガス送入経路に循環される流体も、「独立した流動室」、すなわち高温度の活性炭層を通過した、高温のガスであるから、前記の作用効果が、引用例2記載の発明によつても全く同様に奏されている事項であることは明らかである。
また、原告らは、相違点<4>に係る構成により本願発明が奏する作用効果として、「有害成分濃度の高い流体を再生空気(脱着加熱流体)として利用しないから、加熱器の熱効率を損う虞がない」とも主張する。
しかしながら、引用例1記載の発明において、再生空気として利用されるガスは、「吸着部の初期区域に(中略)排気の一部を独立して導通し得る熱回収部分を構成し、その熱回収部分を通した高温排気」(成立に争いない甲第七号証(特許出願公開公報)の第一頁左下欄第一四行ないし第一六行)である。そして、そのような高温排気に含有される水分等は、ほとんど気体状態になつていると解されるから、前記再生空気が加熱器の熱効率を損う虞は、あまり大きくないと考えられる(なお、仮に、有害成分濃度の高い流体を脱着加熱流体として利用することに、避け難い不都合があるとしても、引用例2には、有害成分濃度の高い流体を被処理流体供給路に戻す技術が開示されていることは前記のとおりであるから、原告ら主張の前記作用効果は、有害成分濃度の高い流体を脱着加熱流体として利用せず被処理流体供給路に戻す構成を採用することにより、当業者ならば通常予測し得た範囲内のものにすぎない。)。したがつて、原告ら主張の前記の点を、本願発明にのみ特有の顕著な作用効果ということはできない。
そうすると、審決には、相違点<4>について本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した誤りも存しない。
五 以上のとおり、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、原査定の結論を維持した審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告らが主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
<省略>